フィールド3Dプロジェクト:歴史文化の時空間表現
椎野若菜 + 野口靖(東京工芸大学講師)

AA研 IRC + FSC プロジェクト
IRC  情報資源利用研究センター http://irc.aa.tufs.ac.jp/
FSC  フィールドサイエンス研究企画センター http://www.aa.tufs.ac.jp/fsc/

【プロジェクトの概要】
 本プロジェクトは、野口靖が開発中の時空間マッピングが可能なc-locソフトウェアをもちい、社会-人文科学の研究者による研究―例えば人類学者、歴史学者のフィールドワークによる成果のひとつの表現方法として提示することである。本プロジェクトでは、将来の大型プロジェクトにつなげることを念頭におきながらも、椎野若菜のフィールドワークによるデータを事例にすることから着手し、いかに人類学的データを可視的に表現することができるかを試みる。

【プロジェクトのねらい】
 野口は、近年さかんになってきたGoogle Maps/Earthなどに代表されるLocative Media―地図製作(マッピング)という行為が、現代のデジタルメディアの恩恵を受けることによって新しく可能になった芸術/文化的表現の技術を利用しながら、それをアートだけでなく、人文社会の分野における展開の可能性を考えている。
 技術的な面で目指しているのは、3Dグラフィックスを利用した「時空間」的なマッピングが簡単に作成でき、更にそのシステムにGPS、データベース、ネットワークなどが容易に連携可能になるというものである。そして、この研究成果をアプリケーションの形で広く一般に提供していく事により、誰でも簡単に時空間マッピングソフトウェアを利用したメディア芸術表現が可能になると考えている。
 椎野は、自身がケニア共和国において社会人類学的調査を行い収集してきたデータの一部を、この時空間マップのソフトウェアを用いて可視化することでより、研究の内容が臨場感をもって伝えやすいと考えている。つまり、いわゆる「無文字社会」をフィールドとして研究している人類学者にとって、その土地について、その民族についての歴史の再構築の主軸は、もっぱらオーラルヒストリーによるものである。その裏づけとして、植民地化以降の時代であれば、土地の民族、文化などに関心があり毎月、もしくは毎年記載している植民地行政官の報告を見つけ出すのが大きな仕事である。公文書という限られた報告のなかから有効な記述を洗いだし、参考にすることはできる。また強制移住や強制労働、徴税の内容の変化、飢饉などの自然災害の記録と照らし合わせることで、植民地以降の歴史をある程度再構築することができる[椎野 2008a]。文字と写真という平面を使った従来の表現方法では、いたずらに長文と化すだけであり、資料的には価値があっても、読者への表現としては有効とはいえない。人類学、歴史学など人間の文化を通時的に研究している学問において、データの質やテーマの設定の仕方によって、この時空間マップにデータをおいて可視化させる方法は、画期的な表現方法となるのは間違いないと考える。
 本研究は、野口自身が試みたプロジェクトを、人類学者とコラボした場合にどのような可能性があるのか、実際に試みるものである。今後、個々の人類学者、歴史学者がもつデータにそくしたカスタマイズの必要性など技術面においても開発していき、研究者自身がソフトを使いこなしていけるようにワークショップを開催し、普及にも努力したい。
 
【プロジェクトの将来性】
 本プロジェクトで使用するソフトウェアは、文化遺産の整理・保存といった視点からも有益である。例えば、中国/北京において消え行く都市部のスラムを調査・記録しているThe Da Zha Lan Projectのように、歴史的な遺産を保存するための画期的なアーカイブシステムを必要としている団体は多々ある。
 今後このマッピングシステムがAA研内の研究者による、またひろく社会-人文科学における様々な歴史文化の研究の表現形として意義あるものとして提示できれば、文化(遺産)のアーカイブ化や教育方面、日本社会、また国際社会における研究者の成果の効果的な発信の方法として重要視されるだろう。まずは椎野が野口と組み、人類学×メディアアートの可能性を提示し、そののちにAA研内の所員の希望者を募り、AA研全体の研究の表現形としてうちだせる可能性も秘めている。僭越ながら私見を述べると、いまのAA研に必要なのは、所員がどのような研究をしているのか、一般にむけても公表する、アウトプットの方法の工夫である。今後のアカデミズムの一般との関係性を考えても、メディアアートという分野とのコラボは重要だと考える。野口は最終的に本プロジェクトの規模を拡大して多国間、異文化社会の相互理解のための一助になればと考えている。そのような芸術/文化/社会的な活動の助けになるようなLocative Mediaシステムを開発、提供したいという大きな目論見のうえにたつプロジェクトである。

【研究計画の概要】
上記のように、プロジェクトの将来的な見通しは大きいが、まず試験的に2年という期間で行いたい。
1年目は椎野のフィールドから「ケニア・ルオ社会の移動と居住形態の変遷」についての研究を時空間マップの上に載せる。椎野のこれまでの研究[2008b,2007,2000]に基づくものである。
概要: 口頭伝承と言語学的研究によれば、ルオの一派はスーダン南部から徐々に南下し続け、17世紀ごろにヴィクトリア湖岸にたどり着いた。さらに内陸へ南へ、クラン単位で散らばり、移動先で野獣や他民族からの襲撃に備えて石垣の防御壁を築きその中に暮らし始めた。そののちイギリスによる植民地化政策、独立後も土地区画制度がしかれ、近代・西洋文化の影響もあいまって、人びとの居住形態は集住的であった大型石垣コンパウンドから小型石垣コンパウンドへ、そして石垣を築くのをやめて生垣コンパウンドに、さらに拡大家族の単位も分裂しコンパウンドの個別化が生じてくるようになってきたと考えられる。調査村に残る口頭伝承の聞き取りとかつての居住コンパウンドの遺跡、公文書から得た植民地政策の歴史的事象を手がかりに、植民地化以後の居住集団と居住形態の変遷を追っていく。
 また、同時に首都ナイロビのイギリスの植民地化から現代に至るまでの変化を、都市と村落の比較を同時に追うことができるように作成する。

<参考資料>
●椎野若菜
(1)2008年5月(2008b)
'Movements of the Luo and changes in residential patterns from the second half of the 19th century to the British colonial period and the present age in Kenya's South Nyanza region'、『東部および南部アフリカにおける自由化とエスノナショナリズムの波及』(平成17年度~平成19年度科学研究費補助金(基盤A)研究成果報告書、課題番号17251012)、pp.79-108。
(2)2008年4月(2008a)
『結婚と死をめぐる女の民族誌―ケニア・ルオ社会の寡婦が男を選ぶとき』世界思想社。
(3)2007年2月
「ケニア・ルオの生活居住空間(ダラ)―その形成と象徴的意味の変化」、(河合香吏編)『生きる場の人類学―土地と自然の認識・実践・表象過程』、pp.331-362。
(4)2000年9月
「ケニア・ルオの居住形態の変遷」
『アフリカレポート』31号、アジア経済研究所、pp.41-45。

●野口靖
http://r-dimension.xsrv.jp/

2008年7/26-30の日程で日本科学未来館にて「未来予感研2」という企画展示(研究発表)に参加。
URL: http://r-dimension.xsrv.jp/jpn/?p=49
c-locソフトウェア ドキュメントビデオ
http://r-dimension.xsrv.jp/jpn/?p=75

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